治療

1)出血・観血的処置時の止血治療

 生命に危険を及ぼすような重篤な出血や進行中の出血症状については、すみやかに止血療法を開始する必要がある。出血症状が慢性期となり貧血の進行もない場合には、積極的な止血治療は不要で、後述する免疫抑制療法が治療の中心となる。特に広範な皮下出血や筋肉内出血は、止血後も紫斑や血腫などの症状がすぐには消退しないので、止血効果は臨床症状(血腫による腫脹や疼痛)のみならず、貧血の改善(進行の抑制)も参考にして判定する。

 後天性血友病Aの止血治療に用いられる薬剤は、先天性血友病インヒビター保有例のバイパス止血療法に用いる薬剤と同じく、活性型プロトロンビン複合体製剤(aPCC)(乾燥人血液凝固因子抗体迂回活性複合体 商品名:ファイバ静注用1000® 製造販売元:武田薬品工業株式会社)、遺伝子組み換え型活性化第VII因子製剤(rFVIIa)(エプタコグ アルファ 商品名:ノボセブンHI静注用シリンジ® 製造販売元:ノボノルディスクファーマ株式会社)、あるいは凝固第X因子加活性化第VII因子製剤(FVIIa/X)(乾燥濃縮人血液凝固第X因子加活性化第VII因子 商品名:バイクロット® 製造販売:KMバイオロジクス株式会社 プロモーション提携:一般社団法人日本血液製剤機構)の3種類があり、これらによるバイパス止血療法が主体である。各製剤の使用方法もインヒビター保有(先天性)血友病と同じ(表6参照)である。現状ではノボセブンHI®が最も多く使用されているが、各製剤の効果の優劣を示すエビデンスはない。

 バイパス止血療法は、APTTやその他の凝固検査にその効果が反映されないため、モニタリングが困難であり、現状では臨床症状(血腫による腫脹、疼痛の程度、貧血の進行等)の改善の度合いによって、効果を判定する以外に方法がない。

 その他、出血の治療・防止にトラネキサム酸が使用される場合もあるが、いずれのバイパス止血製剤もトラネキサム酸との併用により血栓形成をきたす可能性があるため、併用には注意を要する。

 病院内で血友病治療製剤がすぐに入手できない場合、バイパス止血製剤については、夜間や休日などの業務時間外でも薬剤の供給が可能な場合があるので、以下に紹介しておく。

  • ファイバ静注用1000®(武田薬品工業)
    メディパルグループに取引のある病院
    平日8:00~17:00:SPLine株式会社 TEL:03-3517-5508
    平日17:00~翌8:00 土・日・祝24時間:コールセンター TEL:0120-185-268
    Takeda Medical Site:https://www.takedamed.com/page.jsp?id=1048449
  • ノボセブンHI静注用シリンジ®(ノボ ノルディスクファーマ)
    ノボケア相談室
    月曜日から金曜日(祝日・会社休日を除く) TEL:0120-180363
    夜間及び土日・祝日・会社休日 TEL:0120-359516
  • バイクロット®(KMバイオロジクス)
    各スズケングループ担当支店に問い合わせ

2)出血の予防

 2022年6月、先天性血友病Aに使用されてきたFVIII機能代替二重特異抗体製剤エミシズマブ(商品名:ヘムライブラ®)の、後天性血友病Aの出血抑制に対する保険適応が承認された。現状では、後天性血友病Aに対するヘムライブラ®の使用に関するエビデンスは、日本で行われた臨床試験のデータ 2) のみで、効果と副作用に関する知見がまだ十分とは言えないが、本薬剤の投与によって患者の凝固機能はFVIIIに換算して約15%程度上昇するため、ヘムライブラ®投与後の出血頻度は大幅に減少すると推測される。これによって、後天性血友病A患者のリハビリテーションや他の医療施設への転院、あるいは退院が、これまでよりも早く安全に実施可能となると期待されている。ただし、投与量を増量してもそれ以上に凝固機能が改善することがないため、出血の止血治療や手術時の出血予防には使用できない。

 後天性血友病Aに対するヘムライブラ®の投与量は、先天性血友病Aに対する投与量と大きく異なり、1日目に6mg/kg(体重)、2日目に3mg/kg(体重)を皮下投与し、8日目から1回1.5mg/kg(体重)を週に一度の間隔で皮下投与する。後天性血友病Aは免疫抑制療法によりFVIII活性が回復してくるため、最後に出血の治療のために使用した血液凝固因子製剤投与後72時間を超え、FVIII活性が50%以上となればヘムライブラ®の投与を中止する。

表12.後天性血友病Aに対するヘムライブラ®の投与量
投与開始時 維持期 投与中止
1日目 2日目
6mg/kg 3mg/kg 1回1.5mg/kg/w 最後の血液凝固因子製剤投与後72時間超
かつ FVIII活性>50%

 ヘムライブラ®の投与により、凝固機能はFVIIIに換算して約15%程度上昇するが、追加投与をしても効果は増強しない。このため、出血時や観血的処置時には必ず別途バイパス止血療法を併用する必要がある。

 ヘムライブラ®とバイパス止血製剤(特にファイバ®およびバイクロット®)を併用した場合には、血栓塞栓症、血栓性微小血管症を発症する可能性が高くなるため、ヘムライブラ®による出血予防を開始した後に発症した出血症状に対しては、原則としてノボセブンHI®による止血治療が推奨される。ヘムライブラ®と併用する際のノボセブンHI®の初回投与量は90μg/kg以下とする。

 ノボセブンHI®による止血効果が不十分で、やむを得ずバイクロット®を使用せざるを得ない場合は初回投与量を60μg/kg以下、ファイバ®を使用せざるを得ない場合は初回投与量を50U/kg以下とし、止血を達成できると考える最低用量にとどめる必要がある。

 後天性血友病Aの初発時にはバイパス止血療法が必要な場合が多いが、バイパス止血製剤の投与中にヘムライブラ®の併用を開始した場合には、血栓性副作用が懸念される。現状ではどの時点でヘムライブラ®を開始するべきかについては、エビデンスもコンセンサスもない。今後の症例の蓄積が期待される。

 また、本薬剤を使用した場合は、APTTが実際の凝固機能よりも大幅に短縮し、通常の方法ではAPTT、FVIII活性、FVIIIインヒビター活性が正確に測定できなくなる。このため、免疫抑制療法の効果をモニタリングすることもできなくなる。正確なAPTT、FVIII活性、FVIIIインヒビター活性を測定するためには、ヘムライブラ®に対する中和抗体を混和してからこれらを測定する必要がある。(中和抗体の入手方法については、中外製薬に問い合わせること)

 後天性血友病Aに対するヘムライブラ®の使用には様々な注意事項があるため、リスクの最小化を目的に、現在施設要件及び医師要件を満たす施設のみに使用が制限されている。後天性血友病Aに対してヘムライブラ®を使用するに当たっては、中外製薬の医師向けサイト→https://chugai-pharm.jp/contents/ca/055/001/003/に詳細が記載されているので、適時参照願いたい。

3)免疫抑制療法

 後天性血友病Aの止血機能を正常化し、出血のリスクを除去するためには、免疫抑制療法によるインヒビターの抑制・根絶が必要である。一部の症例では自然軽快が認められるが、インヒビターが存在する限り重篤な出血症状を来す可能性があるため、免疫抑制療法は診断後直ちに開始することが推奨される。

 免疫抑制療法に使用される薬剤として、ステロイド単独、あるいはステロイドとシクロホスファミド(CPA)の併用療法の報告が最も多い。最近では、リツキシマブ(RIT)を用いた報告も増加している。

 ステロイド単独による治療に比較して、CPAやリツキシマブとの併用療法はインヒビターの消失率が高く、治療期間も短い傾向にはあるが、逆に有害事象の合併率も高くなるため、最終的な生存率には有意な差がない。現状では、どの薬剤による免疫抑制療法が最も優れているかを示すエビデンスはなく、病状や患者背景とそれぞれの選択肢に予想される副作用を考慮した上で臨床的に判断されている。図7に我が国のガイドラインの免疫抑制療法のアルゴリズムを示す。

図7.後天性血友病Aに対する免疫抑制療法のアルゴリズム
  • PSL:プレドニゾロン,CPA:シクロホスファミド,RIT:リツキシマブ,FVII:C:第VIII因子活性,
  • CR(完全寛解):第VIII因子活性正常化かつインヒビター検出感度以下かつ免疫抑制療法終了
  • cCR(凝固能的完全寛解):第VIII因子活性正常化かつインヒビター検出感度以下
  • PR(部分寛解):発症時と比較してインヒビター力価が1/2未満に低下

 免疫抑制療法の効果は、APTT、FVIII活性、FVIIIインヒビターを週に一回程度計測して判定する。免疫抑制療法開始後は次第にインヒビター力価の低下、あるいはFVIII活性の上昇が認められ、APTTも短縮する。寛解に達するまでの期間は約4~6週が中央値であるが、3ヶ月あるいは半年以上を必要とする症例もある。治療開始後数週間たってもインヒビター力価の低下が認められない場合は、薬剤の追加や変更を考慮する必要がある。

 後天性血友病Aは重篤な出血をきたして死亡する場合があるが、死因の約半数は肺炎や敗血症などの感染症である。強力な、あるいは長期に及ぶ免疫抑制療法を行う際には、このことを念頭に置いて感染症の早期発見・予防にも務めねばならない。