ヘムライブラ®使用あり

インヒビター保有血友病A(ヘムライブラ®使用例)5)

インヒビター保有血友病に対する止血治療(総論)2)

 血友病A(B)患者にFVIII(FIX)製剤を投与した場合、一部の症例には投与されたFVIII(FIX)に対する同種抗体が産生される場合があり、これをFVIII(FIX)インヒビターと呼ぶ。

 インヒビターの力価はベセスダ単位(BU)/mLで表記され、正常血漿中のFVIII(FIX)活性を50%中和する抗体力価を1BU/mLとしている。インヒビターはその力価によって、高力価(5BU/mL以上)、低力価(5BU/mL未満)に区分される。またFVIII(FIX)製剤投与後の反応性にも違いがあり、FVIII(FIX)製剤の補充を続けても常に5BU/mL未満の低い抗体量で推移するローレスポンダーと、第VIII(FIX)の補充後1週間以内に急速に抗体量が増加し、一度でも5BU/mL以上になったことがあるハイレスポンダーに区分される。

 インヒビター保有血友病症例は、FVIII(FIX)製剤を投与しても効果が得られないため、大部分の症例には、FVIII(FIX)を経由せずに外因系凝固因子を活性化させて凝固反応を促進するバイパス止血療法が用いられる。一方、インヒビターが低力価の症例の一部は、大量のFVIII(FIX)製剤によるインヒビター中和療法(中和療法)が用いられる場合もある。

 インヒビター保有血友病症例の止血治療におけるバイパス止血療法と中和療法の選択は、患者の現在のインヒビター力価(<5BU/mLか≧5BU/mLか)、FVIII(FIX)製剤投与後の反応性(ローレスポンダーかハイレスポンダーか)、および出血症状の重症度(軽度か重度か)、の組み合わせにより決定される。(表5参照)

表5.インヒビター保有血友病症例の止血治療における薬剤選択
最新のインヒビター値 反応性(出血症状) 第1選択 第2選択
低力価(<5BU/mL) ローレスポンダー 高用量
FVIII(FIX)製剤
バイパス止血製剤
ハイレスポンダー
(軽中等度の出血、手術)
バイパス止血製剤 高用量
FVIII(FIX)製剤
ハイレスポンダー
(重度の出血、手術)
高用量
FVIII(FIX)製剤
バイパス止血製剤
反応性不明 高用量
FVIII(FIX)製剤
バイパス止血製剤
高力価(≧5BU/mL) バイパス止血製剤 血漿交換後高用量
FVIII(FIX)製剤
力価不明 ローレスポンダー 高用量
FVIII(FIX)製剤
バイパス止血製剤
ハイレスポンダー バイパス止血製剤 (血漿交換後)高用量
FVIII(FIX)製剤
反応性不明 バイパス止血製剤 高用量
FVIII(FIX)製剤

 バイパス止血療法に用いられる薬剤には、活性型プロトロンビン複合体製剤(aPCC)(乾燥人血液凝固因子抗体迂回活性複合体 商品名:ファイバ静注用1000® 製造販売元:武田薬品工業株式会社)、遺伝子組み換え型活性化第VII因子製剤(rFVIIa)(エプタコグ アルファ 商品名:ノボセブンHI静注用シリンジ® 製造販売元:ノボノルディスクファーマ株式会社)、あるいは凝固第X因子加活性化第VII因子製剤(FVIIa/X)(乾燥濃縮人血液凝固第X因子加活性化第VII因子 商品名:バイクロット® 製造販売:KMバイオロジクス株式会社 プロモーション提携:一般社団法人日本血液製剤機構)の3種類がある。表6にそれぞれの投与法・投与量を示す。

 なお、ヘムライブラ®やアレモ®による出血予防を実施中に発生した破綻出血に対するバイパス止血療法には、血栓症の発生リスクが懸念されるため、使用する製剤の選択や投与量が異なる場合があり、注意を必要とする。

表6.バイパス止血製剤の特徴
製剤 血漿由来活性型複合プロトロンビン製剤
(aPCC)
遺伝子組換え活性型凝固第VII因子製剤
(rFVIIa)
血漿由来X因子加活性化VII因子製剤
(FVIIa/X
商品名 ファイバ静注用1000® ノボセブンHI静注用シリンジ® バイクロット®
推奨される
用法・用量
50~100単位/kg
8~12時間毎1~3回
90µg/kg(初回)
その後は
60~120µg/kg(1回)を2~3時間ごと
FVIIaとして
60~120μg/kg 1回
コメント 1日最大投与量は200単位/kgを超えない   追加投与は、8時間以上の間隔をあけて行い、初回投与量と合わせて、180μg/kgを超えない

 各薬剤の止血効果の優劣を示すエビデンスはないため、いずれの薬剤を用いて止血管理を開始しても構わないが、日常の出血症状に対して使用している製剤が確認されている場合は、その製剤を用いて止血管理を実施するのが望ましい。

 なお、バイパス止血療法は、APTTその他の凝固検査にその効果が反映されないため、モニタリングが困難であり、現状では臨床症状の改善の度合いによって、効果を判定する以外に方法がない。

 一方、インヒビター力価が<5BU/mLの低値の場合は、高用量のFVIII(FIX)製剤を投与し、インヒビターを中和して、止血機能を正常化させる中和療法もある。中和療法はバイパス止血療法とは異なり、その効果をAPTTやFVIII(FIX)活性でモニタリングが可能である。

 中和療法を実施する場合は、血液中のインヒビターを中和するのに必要なFVIII(FIX)量を、以下の式で計算する。実際の止血治療には以下の中和量に加えて、表2表3に示す止血治療に必要な因子量を追加投与する必要がある。

中和量
=40×体重(kg)×{(100-ヘマトクリット値(%))/100}×インヒビター値(BU/mL)

 仮にヘマトクリット値を50%とすると、
 中和量=20×体重(kg)×インヒビター値(BU/mL)

となり、これに止血治療に必要なFVIII(FIX)量を加えた量の製剤を初回に投与する。

 その後は引き続き、止血の維持のために一定の期間FVIII(FIX)製剤を繰り返し投与(連続投与)あるいは持続投与する必要がある。(血友病A:インヒビターのない血友病A(ヘムライブラ非使用例)参照血友病B:インヒビターのない血友病B参照

 インヒビター保有例においてはFVIII(FIX)のクリアランスが亢進している場合があるため、適時APTTおよびFVIII(FIX)活性をモニタリングし、十分な止血効果が得られているかを確認する必要がある。また、FVIII(FIX)製剤を投与した4~7日後に、FVIII(FIX)に反応してインヒビター値が上昇するため、中和療法の効果が減弱・消失することにも留意する必要がある。

 以上、インヒビター保有血友病症例の止血治療は、製剤の選択や投与量、止血モニタリングが非常に複雑となるため、専門施設で実施する方が望ましい。

インヒビター保有血友病A(ヘムライブラ®使用例)5)

 現在、大部分のインヒビター保有血友病A症例に対しては、ヘムライブラ®の定期投与による出血予防が実施されている。前述のとおり、ヘムライブラ®の凝固機能はFVIII活性に換算して15%程度で、投与量を増加させても効果は増強しない。このためヘムライブラ®は、出血の止血治療には効果が不十分であり、出血時や観血的処置時には必ず別途バイパス止血療法または中和療法を併用する必要がある。バイパス止血療法と中和療法のいずれを選択するかについては、ヘムライブラ®非使用例と同様表5を参考に決定する。

 ヘムライブラ®を使用中の血友病Aインヒビター保有例に対するバイパス止血療法は、製剤の選択や投与量が異なるため、注意が必要である。

 ヘムライブラ®とバイパス止血製剤(特にファイバ®およびバイクロット®)を併用した場合には、血栓塞栓症、血栓性微小血管症を発症する可能性が高くなるため、ヘムライブラ®による出血予防を開始した後に発症した出血症状に対しては、原則としてノボセブンHI®による止血治療が推奨される。ヘムライブラ®と併用する際のノボセブンHI®の初回投与量は90μg/kg以下とする。

 ノボセブンHI®による止血効果が不十分で、やむを得ずバイクロット®を使用せざるを得ない場合は初回投与量を60μg/kg以下、ファイバ®を使用せざるを得ない場合は初回投与量を50U/kg以下とし、止血を達成できると考える最低用量にとどめる必要がある。

 一方、ヘムライブラ®を使用中のインヒビター保有血友病Aの現在のインヒビター力価が<5BU/mLの低値の場合は、出血の程度により中和療法も選択肢の一つとなる。この場合のFVIII製剤の投与量は、ヘムライブラ®非使用例と同じである。

 ヘムライブラ®を使用した場合は、APTTが実際の凝固機能よりも大幅に短縮し、通常の方法ではAPTT、FVIII活性、FVIIIインヒビター力価が正確に測定できず、止血機能が過大に評価されてしまう。中和療法の効果のモニタリングに使用するAPTT、FVIII活性、FVIIIインヒビター力価を測定するためには、ヘムライブラ®に対する中和抗体を混和してからこれらを測定する必要がある。(中和抗体の入手方法については、中外製薬に問い合わせること)

 なお、ヘムライブラ®を使用中の血友病Aインヒビター保有例においても、インヒビターの力価や反応性、普段止血治療に使用している製剤などの詳細が不明な場合には、まずノボセブンHI®(90μg/kg)によるバイパス止血療法を開始する。

 ヘムライブラ®の使用中の患者は、出血時の管理が複雑なため、通常は血友病治療を専門とするヘムライブラ導入施設において治療を開始し、日常的な診療をフォロー施設で行っている場合が多い。患者はヘムライブラ®連絡カードを所持しているので、出血時には記載されている施設に連絡を取り、転送・転院を含めて治療方針を決定することが望ましい。

 ヘムライブラ®の使用中のインヒビター保有先天性血友病Aの出血時の対応は、中外製薬の医師向けサイト→https://chugai-pharm.jp/contents/ca/055/001/001/に詳細が記載されているので、適時参照願いたい。