序文

 血友病やvon Willebrand病等の止血機能異常症は、治療薬の進歩により予後が改善し、患者様の平均寿命は健常者と同等になりつつあります。このため、様々な生活習慣病・加齢疾患を合併する頻度が増加しており、これに伴って心疾患、脳血管疾患、外傷といった救急搬送を必要とする合併症を発症する患者様も増加しています。

 これらの患者様の出血症状は、凝固因子製剤の在宅自己注射療法などによって良好にコントロールできている場合が多く、多くの患者様が診療所や小規模の病院で加療されています。しかしながら、これらの施設では重篤な合併症の治療はできません。一方、搬送先となる救急医療機関の中で、止血機能異常症の止血治療や手術・処置時の出血抑制に必要な薬剤を常備し、緊急時にすぐ使用できる施設は一部に限られます。さらに、止血機能異常症の多くは希少疾患の範疇に含まれ、これらの疾患に詳しい医師も限られています。

 したがって、これらの患者様が救急搬送された場合に、搬送施設にはこれらの薬剤が常備されていなかったり、治療経験のある医師がいないことも多く、実際に適切な治療ができなかった事例も報告されています。

 そこで本研究班では、重篤な合併症を発症した止血機能異常症患者の初療が救急医療機関で適切に実施できることと、止血治療の専門施設と連携して出血の治療・防止が十分に実施できることを目的とし、救急現場で手軽に参照できる「救急領域における止血機能異常症の診療ガイド」を作成しました。

 本診療ガイドは、止血機能異常症のオーバービューと血友病、von Willebrand病(VWD)、免疫性血小板減少症(ITP)、血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)、後天性血友病A(AHA)の5つの疾患について、救急医療現場における診断と治療についてまとめたものです。普段あまり診療することのない止血機能異常症の患者様が、何らかの疾病・外傷によって救急搬送された場合に、随伴する出血症状や観血的処置時の止血治療についてお役立ていただければ幸いです。いずれもまれな疾患であり、救急領域における診断・治療のエビデンスはほとんどないため、専門家の意見を中心とした救急対応ガイドとなっています。詳細は各疾患のそれぞれのガイドラインをご参照ください。

 なお、救急医療機関でしばしば診療されている敗血症性DICについては日本集中治療医学会・日本救急医学会から「日本版 敗血症診療ガイドライン」1)、大量出血後の希釈性凝固障害については、日本輸血・細胞治療学会から「大量出血症例に対する血液製剤の適正な使用のガイドライン」2)が発刊されているため、それぞれご参照下さい。

  1. https://www.jsicm.org/pdf/jjsicm28Suppl.pdf
  2. http://yuketsu.jstmct.or.jp/wp-content/uploads/2019/02/065010021.pdf

厚生労働省 エイズ対策政策研究事業
HIV感染血友病患者の救急対応の課題解決のための研究
研究代表者:兵庫医科大学 呼吸器・血液内科
日笠 聡