出血・観血的処置時の対応
1)概要
(慢性)ITPの治療目標は、小児の場合も成人の場合も血小板数を正常に戻すことではなく、小児の場合はできる限り治療に伴う副作用を少なくしつつ、重症出血を防止すること、成人の場合は重篤な出血を予防しうる血小板数(通常,3万/μl以上)に維持することである。したがって、重篤な出血、観血的処置時と、出血症状が軽微な場合とでは、治療の選択肢が異なる。
重篤な出血や観血的処置時、あるいは血小板数が1~2万/µL以下で口腔粘膜などに粘膜下出血・血腫(wet purpura)が認められる場合、成人では、迅速に血小板数を回復させるためにメチルプレドニゾロンパルス療法、免疫グロブリン大量療法、血小板輸血、およびこれらの併用療法が用いられる。上記の場合、小児では、プレドニゾロンの点滴または内服、免疫グロブリン大量療法が用いられ、血小板輸血は主要臓器への重篤な出血に限られる。
小児の新規診断ITP患者は自然寛解することも多く、治療を要するのは30~56%である。したがって、治療適応は血小板数でなく、出血の重症度および健康関連の生活の質(HRQoL)を考慮して決定する。重症度については、主に粘膜出血の有無や程度を基準にした修正Buchanan出血重症度分類(表10)を用い、中等症以上で治療を実施する。
Grade | リスク | 備考 |
---|---|---|
0 | 無 | 新しい出血が全くない |
1 | 軽微 | 少数の点状出血(合計100以内)および/または5個以内の小さな出血斑(直径3cm以内)、粘膜出血なし |
2 | 軽症 | 多くの点状出血(合計100以上)および/または5個以上の大きな出血斑(直径3cm以上)、粘膜出血なし |
3 | 低リスク中等症 | 低リスク中等症鼻孔の血痂、痛みのない口腔紫斑、口腔/口蓋の点状出血、臼歯に沿った頬側紫斑のみ、軽度の鼻出血≤5分 |
高リスク中等症 | 鼻出血>5分、血尿、血便、痛みを伴う口腔紫斑、著しい月経過多 | |
4 | 重症 | 重い粘膜出血または脳、肺、関節などの内出血の疑いがあり、直ちに医師の診察または介入が必要な場合 |
5 | 生命を脅かす/致命的 | 確定された頭蓋内出血またはあらゆる部位での生命を脅かすか、または致命的な出血 |
成人ITPでは、出血症状が軽微、あるいは無症状の場合、ヘリコバクター・ピロリ感染があれば除菌療法を実施する。ヘリコバクター・ピロリ感染がない場合、あるいは除菌によっても血小板数が2~3万/µL以上に回復しない成人ITPの場合は、まず副腎皮質ステロイドを用いた治療がまず実施されるが、血小板数が3万/µL以上で出血傾向が見られない場合は無治療経過観察となる。(図4)

重篤な出血を予防しうる血小板数(通常3万/µL以上)を維持することである
2)重篤な出血、観血的処置時の治療
血小板の著減により、消化管出血や脳出血などの重篤な出血をきたしている場合、あるいは合併疾患などにより緊急手術が必要な場合には、小児、成人ともに免疫グロブリン大量療法、メチルプレドニゾロンパルス療法、血小板輸血、およびこれらの併用療法などが用いられる。これらの適応は、主要臓器(脳、肺、消化管、泌尿器系、胸腔・腹腔・骨盤腔内)などに出血がある、あるいは血小板数が1万/μL以下で出血の恐れが強い場合、あるいは手術・観血的処置を実施する場合である。表11にこれらの緊急治療が必要な観血的処置・手術と、これらを実施する時に推奨される血小板数を示す。
処置 | 推奨 |
---|---|
予防歯科的処置(歯石除去等) | 2~3万/μL 以上 |
簡単な |
3万/μL 以上 |
複雑な |
5万/μL 以上 |
局所 |
3万/μL 以上 |
中心静脈 |
2万/μL 以上 |
腰椎 |
5万/μL 以上 |
小 |
5万/μL 以上 |
大 |
8万/μL 以上 |
中枢 |
10万/μL 以上 |
脾摘 | 5万/μL 以上 |
分娩 | 5万/μL 以上 |
硬膜外 |
8万/μL 以上 |
免疫グロブリン大量療法は、成人ITPの場合、完全分子型免疫グロブリン400mg/kg/dayを5日間連続して点滴静注する。小児ITPの場合は、800mg~1000mg/kgを1回静注投与することが推奨されるが、この投与方法は保険収載されていない。治療開始3日後ぐらいから血小板数は増加し始め、平均7日後に最大値に達するが、その後徐々に減少し、血小板数が治療開始前より増加している期間は2~3週である。
メチルプレドニゾロンパルス療法は、ITPの標準的治療の第一選択薬であるプレドニゾロン(1mg/kg/day)投与よりも早期に血小板増加を得られる可能性があり、通常メチルプレドニゾロン1g/dayを3日間連続して点滴静注する。血小板数増加は投与3日目ぐらいから現れ、約80%の症例で血小板数の増加がみられる。
成人ITPの場合、血小板輸血は10~20単位の濃厚血小板製剤を投与する。最も早く効果が得られる可能性があるが、抗血小板抗体が存在するので輸注された血小板の寿命は短く、十分な効果が得られないことが多い。免疫グロブリン大量療法と併用すると血小板数増加効果が得られやすくなるので、緊急時にはしばしば併用される。
ただし、血小板輸血は、ITPと同様血小板が減少するTTPやHITにおいては、血栓症状を増悪させるため禁忌である。特にTTPの発症時は、血小板減少と溶血性貧血のみが認められ、腎機能障害や発熱、精神神経症状を伴わない場合もある。(実際にこれらの5徴候がすべてそろう症例は,後天性TTP全体の10%未満と非常に少ない)
症状が血小板減少と溶血性貧血のみのTTPは、しばしば自己免疫性溶血性貧血とITPの合併(Evans症候群)と診断され、血小板輸血が実施されてしまう場合があるので、溶血所見(ビリルビンやLDHの上昇と貧血)が合併しているITP疑い例には、血小板輸血を安易に実施するべきではない。
一方、ITP疑い例がHITである可能性は比較的低いと考えられるが、念のためヘパリン使用の有無については確認しておく方が良い。
ITPが基本的に除外診断であり、救急診療ではある程度の鑑別を行った後、ITPとみなして治療を開始しなければならない場合も多い。血小板輸血を実施する際には、必ずTTPとHITの可能性を吟味した上で、実施するべきと考えられる。
これらの急性期治療は、おおむね効果が一過性であるため、引きつづいて経口プレドニゾロンなどを用いた維持療法を実施し、徐々に漸減していく。
3)出血症状が軽微、あるいは無症状の場合
出血症状が軽微、あるいは無症状のITP患者が、救急医療機関に搬送されることは少なく、主に治療は小児科、血液内科等で実施される。
小児ITPは、血小板数に関係なく、粘膜出血を伴う中等度以上の出血症状を認める場合に、プレドニゾロン2mg/kg/日を5~7日間用い、血小板数が3~5万/μL以上になったら速やかに減量し、最長14日までとする。
成人ITPでヘリコバクター・ピロリ感染を合併している症例は、これを除菌すると約半数の症例で血小板数の増加が得られる。ヘリコバクター・ピロリの除菌療法は、治療期間が7日間に限られている上、副腎皮質ステロイドよりもはるかに副作用が少ないことから、ITPと診断後ヘリコバクター・ピロリ感染がある場合には、血小板数や出血症状の有無にかかわらず、積極的な除菌療法が推奨される。(小児ITPにおけるヘリコバクター・ピロリの除菌療法の有効性は確立していない)
ヘリコバクター・ピロリ非感染、あるいは除菌が無効の成人ITPの治療第一選択肢は副腎皮質ステロイドであるが、その完全奏効率は成人では約25%と低いこと、様々な副作用があること、ITPは血小板数が3万/µL以上あれば生命予後には影響を与えないことなどから、成人の慢性ITPの治療目標は血小板数を正常に戻すことではなく、重篤な出血を予防しうる血小板数を維持することとされている。
成人ITPで、血小板数<2万/μLあるいは出血症状がある場合には、初回治療としてプレドニゾロン(PSL)0.5~1mg/kg/dayの投与を2~4週実施し、その後血小板数増加の有無にかかわらず、8~12週かけてPSLを10mg/kg/day以下にまで減量する。
これらの治療によって、出血症状が改善しない小児ITPや、血小板数が3万/μL以上に維持できない成人ITPの場合は、トロンボポエチン受容体作動薬、リツキシマブ、あるいは脾臓摘出術などのsecond lineの治療を考慮する。最近は、脾臓チロシンキナーゼ(Syk)阻害剤やFc受容体(FcRn)阻害剤などの新薬も成人慢性ITPに対して保険適応となっている。